地震の被害規模を測る際、マグニチュードの大きさと死者数の多さは必ずしも比例しません。震源の深さ、震央と人口密集地の位置関係、建築物の耐震性、そして津波や火災といった「二次災害の様態」によって被害の様相は劇的に変化します。
古文書の記録を含め、歴史上最も多くの死者を出した地震とされるのが、1556年に中国・明代で発生した華県地震(嘉靖大地震)です。推定マグニチュードは8.0前後とみられますが、柔らかい黄土層を掘って造られた横穴住居(ヤオトン)が揺れで一斉に崩落したため、約83万人もの犠牲者を出したと伝えられています。
近代以降で人的被害が極大化した事例としては、以下の2大災害が挙げられます。
- 1976年 唐山地震(中国・M7.5):百万人規模の工業都市を直下型地震が襲い、耐震性のないレンガ造り建物が全滅。公式発表で約24万人、非公式推計では60万人以上が犠牲になったとされる。
- 2004年 スマトラ島沖地震(インドネシア・M9.1):発生した大津波がインド洋沿岸14カ国を直撃。津波に対する警戒知識や伝達手段が整っていなかったため、22万人を超える死者・行方不明者が発生。
激震による建物の倒壊、直後に発生する猛烈な市街地火災、そして沿岸部を根こそぎ奪い去る津波。巨大地震がもたらす破壊力の本質は、これら複数の脅威が連鎖的に襲いかかる点にあります。