通州事件における人的被害は極めて甚大でした。記録によると、襲撃を受けた通州城内の日本人居留民約380名のうち、犠牲者の数は220名から250名前後に達したとされています。特筆すべきは、犠牲者の大半が武装を持たない民間人であり、その半数近くが女性や子どもであった点です。
救援部隊が城内に突入した際に目撃された現場の状況は凄惨を極めており、旅館、商店、個人住宅に至るまで徹底的な略奪と破壊が行われていました。生き残った居留民の証言や当時の軍医・特務機関員の記録は、日本国内に即座に打電され、新聞各紙によって大々的に報じられました。
この事件が日本社会に与えたインパクトは絶大でした。それまで「局地解決・不拡大」を模索していた世論や軍首脳部の慎重論は瞬く間に吹き飛び、「暴支膺懲(暴虐な中国を懲らしめよ)」というスローガンが日本全土を席巻。国民的感情の激高は政府に強い圧力をかけ、華北のみならず上海・南京へと戦火を急拡大させる主因となったのです。