これほど単純な漢字でありながら、なぜ成人層の大多数が横から書いてしまうのでしょうか。大手文具メーカーのアンケートや教育現場の聞き取り調査を精査すると、明確な2つの心理的トラップが浮かび上がってきます。
第1の要因は、漢字「十(じゅう)」の強烈な刷り込みです。小学校で最初に習う基本漢字「十」の書き順は「横画が先で、縦画が後」と徹底的に叩き込まれます。そのため、田んぼの四角い枠を書いた後、脳が無意識に「枠の中に十を書く」と解釈してしまい、「横→縦」の順序へオートマチックに手を動かしてしまうのです。人間の認知機能は一度定着した簡便なパターンを優先して適用しようとする性質(スキーマ化)があるため、極めて優秀な大人であっても無意識のトラップに嵌まります。
第2の要因は、小・中学校を卒業した後の「手書き機会の激減」です。パソコンやスマートフォンの普及に伴い、漢字を「読む」「変換する」機会は保たれているものの、筆順を意識して「一画ずつ正しくトレースする」経験値が失われました。ビジネスパーソンへのヒアリング取材でも、「田中という自分の苗字を何十年も横先で書いていた」「子どもの中学受験の過去問を見て初めて間違いに気づき、冷や汗をかいた」という生々しい告白が多数寄せられています。