田奈の街の成り立ちを紐解くうえで欠かせないのが、東急グループの歴史だ。かつて「強盗慶太」の異名をとるほど強烈なリーダーシップで知られた実業家・五島慶太。彼が率いた東急株式会社は、単なる鉄道事業の枠を超え、広大な土地を一体的に開発する不動産業との両輪で沿線の価値を高めてきた。
英国のハワードが提唱した「田園都市構想」を日本独自の形で具現化したこの都市計画は、自然と都市の調和を目指したものだった。多摩田園都市開発の波が押し寄せる中、田奈地区は農地や既存の集落との共生を図る特別なエリアとして位置づけられた。昭和の高度経済成長期から時を経た今も、その開発思想が心地よい緑陰となって街の随所に生き続けている。