天守閣とは?城との違いや「住まない」理由、現存12天守の真実

天守閣とは?城との違いや「住まない」理由、現存12天守の真実

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日本の城郭建築における天守の歴史は、中世の山城に存在した簡素な物見櫓(井楼櫓)に起源を持ちます。これを高層かつ格式高い建築物へと劇的に昇華させたのが、1579年に完成した織田信長による安土城天主でした。安土城の登場を皮切りに、豊臣秀吉の大坂城など絢爛豪華な天守が全国各地で次々と築かれていきます。

天守閣の構造様式は、建築技術の進化によって大きく2つの系統に大別されます。

1. 望楼型(ぼうろうがた)天守
戦国末期から安土桃山時代にかけて主流だった初期の様式です。1階または2階建ての大きな入母屋造(いりもやづくり)の建物を土台とし、その屋根の上に物見のための小型な「望楼」をちょこんと載せた重層構造をしています。下層と上層の設計が独立しているため外観の凹凸や屋根の重なり(千鳥破風や唐破風)が複雑で、非常に優美で重厚な造形美を誇ります。代表例には犬山城や姫路城、彦根城などがあります。

2. 層塔型(そうとうがた)天守
関ヶ原の戦い以降、築城の名手として知られる藤堂高虎らによって考案された合理的な様式です。1階から最上階に向かって一定の比率で床面積を小さくしながら規則正しく積み上げていくピラミッド状の構造を持ちます。構造計算が容易で工期を大幅に短縮でき、耐震性や耐久性にも優れていました。江戸城天守(現存せず)や松本城大天守、松山城などがこの様式に該当します。

田中 結衣
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田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。