「天皇家に関するタブー」という言葉を聞いたとき、多くの人が思い浮かべるのが「菊タブー」と呼ばれるメディアの自主規制です。この言葉が定着した契機は、1960年代に起きた「風流夢譚(ふうりゅうむたん)事件」(中央公論社社長宅襲撃事件)に遡ります。皇室を風刺した小説を掲載した雑誌の出版社が襲撃され、死傷者を出したこの事件以降、マスメディアは皇室に対する批判的な論調や過激なパロディを極端に恐れるようになりました。
1990年には、昭和天皇の戦争責任に言及した当時の本島等長崎市長が銃撃される事件も発生し、「皇室批判=生命の危険」という強烈なトラウマが言論界に深く刻まれることになります。これがいわゆる物理的暴力への恐怖による菊タブーの第一形態です。
しかし、現代におけるタブーの多くは、より制度的かつ日常的な宮内庁と宮内記者クラブによる報道規制によって維持されています。皇族の日程や私的な動向、健康状態に関する情報は宮内庁が一元管理しており、協定を破ったメディアは「出入り禁止(取材拒否)」の処分を受けるリスクを負います。特ダネ競争から脱落することを恐れる大手新聞やテレビ局は、宮内庁発表の範囲内でのみ報道を行い、疑義やスキャンダルには踏み込まないという構造的な沈黙が作られてきたのです。