田原総一朗の若い頃がイケメン!過激すぎた伝説と映画監督の素顔に迫るを徹底追究! 読者が気になる 重要ポイントを凝縮して配信します。

田原総一朗氏は1934年(昭和9年)4月15日、滋賀県彦根市に生まれました。少年時代に経験した1945年の太平洋戦争の敗戦が、彼の人生観を決定づける強烈な原体験となります。昨日まで「鬼畜米英」「お国のために死ね」と教えていた学校の教師たちが、敗戦と同時に「これからは民主主義と平和だ」と180度態度を変えた光景を目の当たりにし、大人や国家権力に対する根源的な不信感を抱くようになりました。

滋賀県立彦根東高等学校を卒業後、早稲田大学第二文学部日本文学専修へ進学します。大学時代は小説家や映画の道を志し、創作活動に没頭。大学卒業後は日本テレビの採用試験を受けますが、身体検査の不手際や家庭環境の事情などから不採用となる挫折を味わいました。

その後、1960年にPR映画や記録映画の名門であった岩波映画製作所へ入社します。ここで徹底的な映像演出と取材の基礎を叩き込まれ、物事の裏側をカメラで暴き出すノンフィクションの手法を体得していきました。