1980年代前半、事態は悲劇的な結末を迎える。入校生の相次ぐ死亡事故や行方不明事件の発覚を受け、愛知県警察は大規模な強制捜査へと踏み切った。摘発されたのは、しつけや訓練の域を遥かに逸脱した組織的暴行の凄惨な実態であった。
世間を震撼させた戸塚ヨットスクール事件は、司法の場で長期間にわたり争われた。戸塚氏は一貫して自身の教育理念を主張し、体罰の正当性を訴え続けたが、裁判所は傷害致死罪などで懲役刑の有罪判決を言い渡した。暴力を指導と偽るシステムの危険性と、尊い人命が失われたという厳然たる真相は、日本の社会史に深い傷痕を残している。