「レシピ通りに作ったはずなのに、なぜか美味しく仕上がらない」――この悩みの裏には、マグロ特有の肉質と成分に対する誤解があります。一般的に魚の煮付けといえば「濃いタレでしっかり煮込む」というイメージを持たれがちですが、これこそが最大の落とし穴です。
マグロの赤身部分は水分とタンパク質(ミオシンやアクチン)が主体であり、中心温度が65℃を超えたあたりからタンパク質が急激に収縮を始めます。煮汁の中でグラグラと15分以上沸騰させ続けると、細胞内の水分(肉汁)が外に絞り出されてしまい、結果として繊維だけが残った「パサパサのスポンジ状態」に陥るのです。これが第1の原因です。
第2の原因は、骨まわりや皮に残る「トリメチルアミン」と「酸化した魚油」の放置です。マグロは運動量の多い回遊魚であるため筋肉中にミオグロビン(血色素タンパク)が多く、空気に触れると急速に酸化が進みます。表面ににじみ出たドリップや薄いヌメリを洗い流さずに直接鍋へ投入すると、その酸化脂質とアンモニア様物質が煮汁全体に溶け出し、煮詰めるほどに生臭さが身へ再吸収されてしまいます。
第3の原因は、身の厚みや部位による火の通り方の違いを無視した調理です。あらには「骨付きの赤身」「ゼラチン質を多く含む皮」「脂の乗ったカマ」が混在しています。コラーゲンが豊富な部位は加熱によってトロトロに軟化する一方、赤身は加熱しすぎると硬化します。この相反する性質を理解せず、同一の強火で一気に煮詰めてしまうことが仕上がりのムラを招く決定打となっているのです。