日本映画界の歴史において、1976年公開の映画『愛のコリーダ』ほど物議を醸した作品はないだろう。巨匠・大島渚監督が手掛けた本作で、阿部定事件をモチーフにした主人公の愛人・吉蔵役を演じたのが藤竜也だった。
当時の邦画界において、本物の性を極限まで表現する本作への出演は、キャリアを根底から覆しかねない巨大なリスクを伴っていた。周囲からの猛反対を押し切り、藤はこの過激な役に挑む覚悟を決める。撮影現場は連日、監督とキャストの鬼気迫る緊張感に包まれていたという。完成した作品は検閲の厳しい日本国内で大論争を巻き起こし、フィルムがフランスに送られて編集されるという異例の事態に発展。しかし第29回カンヌ国際映画祭でプレミア上映されるやいなや、世界中の批評家からその芸術性と演技力を絶賛された。
後年、藤はこの撮影を振り返り、「自分の中の壁をすべて破壊しなければ表現できない役だった」と語っている。自らのスター像を捨て去り、一人の表現者として肉体と魂を削ったこの決断こそが、彼の役者としての地位を不動のものにしたのだ。