日本におけるテリー・ファンクの人気を語る上で欠かせないのが、1977年12月に蔵前国技館で開催された全日本プロレス「世界オープンタッグ選手権」決勝戦です。この一戦こそが、「テキサスの荒馬」という看板を日本文化の深層に焼き付けた歴史的事件でした。
ザ・ファンクス(ドリー&テリー)に対するは、アブドーラ・ザ・ブッチャーとザ・シークの最凶悪党コンビ。試合中盤、ブッチャーは隠し持っていたフォークを取り出し、テリーの右腕へ容赦なく突き立てました。鮮血が吹き出し、リングサイドのファンが悲鳴を上げる中、テリーは激痛に顔を歪めながらも、兄を守るために血染めの左腕一本でブッチャーとシークへ殴りかかりました。
当時、日本テレビの中継で実況を務めた倉持隆夫アナウンサーの絶叫、そしてロックバンド「クリエイション」によるテーマ曲『スピニング・トーホールド』の叙情的なメロディが重なり、会場は凄まじい「テリーコール」に包まれました。外国人レスラーといえば「日本刀を携えた倒すべき侵略者」だった時代に、「身を挺して仲間を守り、傷だらけになりながら立ち上がる外国人ベビーフェイス」という前代未聞の奇跡が誕生した瞬間でした。