田宮五郎が背負った宿命の根源には、昭和の大スターである父・田宮二郎の存在がありました。1978年12月、主演ドラマ『白い巨塔』の放映終了直前、父・田宮二郎は43歳の若さで猟銃自殺を遂げ、日本中に激震を走らせました。当時、次男であった田宮五郎はまだ11歳。物心ついた多感な少年期に経験した父の非業の死は、その後の人格形成や進路選択に計り知れない影響を与えました。
田宮五郎の家族構成を振り返ると、母は元大映の看板女優・藤由紀子、そして1歳年上の実兄が俳優・キャスターとして活躍する柴田光太郎です。父の死後、多額の借金が残された柴田家を母が懸命に守り抜く中、兄弟は固い結束で支え合って成長しました。
185センチを超える長身と彫りの深い精悍な顔立ちは、父・田宮二郎の生き写しとも評されました。しかし、偉大すぎる父の名前と比較されるプレッシャーから、青年期の田宮五郎は芸能界入りを頑なに拒み、アメリカへの語学留学や一般企業での勤務、飲食店経営など、自らの力で生計を立てる道を選択し続けました。