議論の出発点として、まずはこのフレーズの基本的な構造をおさらいしておきたい。問題の箇所は「花は盛りに(見るものかは)」という省略表現を含んでいる。ここを品詞ごとに細かく分解すると、以下のようになる。
・花(名詞):桜の花を指す。
・は(係助詞):取り立てて提示し、他と比較するニュアンスを含む。
・盛り(名詞):物事の最も勢いの盛んな時期、ここでは桜の満開の時期。
・に(助詞、または助動詞):この「に」の解釈こそが、今回の論争の最大の焦点である。
兼好法師が言いたいのは、「桜は満開のときだけを、月は雲ひとつない満月だけを見るべきものなのだろうか(いや、そうではない)」という美意識だ。散り際の桜や、雲に隠れた月にも趣があるとするこの思想は、日本人の美意識の根底を流れる「わびさび」の源流とも言える。しかし、文法的にこの短いフレーズを解剖しようとすると、意外な難所に突き当たる。