昨今、メディアでは「毒親」という言葉が安易に使われがちだ。しかし、遠野なぎこと母親の関係は、そんな一言で片付けられるほど単純ではない。母親自身もまた、何らかの生きづらさや闇を抱えていたのではないかという指摘もある。虐待の連鎖は、個人の悪意だけで片付けられる問題ではない。
私たちは彼女のケースを「特異な家庭の悲劇」として消費してはならない。親子の関係性が破綻したとき、社会はどのようにその子どもを救い出せるのか。そして、大人になった被害者が抱える後遺症に、どう寄り添えるのか。彼女の生き様は、私たちに重い問いを突きつけ続けている。