歴史を巻き戻してみよう。1966年、日本の産院は静まり返っていた。この年、出生数は約136万人にまで落ち込んだ。前年の182万人から一気に46万人も減った計算になる。翌年には再び193万人へと急回復していることからも、この年だけが意図的に避けられたことは明白だ。原因は「この年に生まれた女性は気性が激しく、夫を食い殺す」という江戸時代から続く迷信だった。当時は避妊法や人工妊娠中絶が普及し始めた時期とも重なり、社会全体がこの非科学的な噂に流されてしまったのだ。
この現象は、当時のメディアや世論がいかに同調圧力に弱かったかを示す象徴的な事件として、今なお人口統計学の教科書に刻まれている。親たちは「娘が将来、結婚で苦労しないように」という歪んだ愛情から、この年の出産を避けたのだ。