二人の才能を引き合わせた立役者として絶対に外せないのが、作詞家の松本隆である。当時、松田聖子のプロジェクトで中心的な役割を果たしていた松本は、それまでのパワフルなアイドルソングのイメージを覆し、より深く抒情的な少女の心情を描くため、ユーミンへの楽曲依頼を発案した。
そうして生まれたのが1982年の名曲「赤いスイートピー」だ。少し控えめで繊細なボーカルアプローチを要求された聖子は見事にその期待に応え、女性ファン層を爆発的に広げる契機を作った。続く「渚のバルコニー」でも、キャッチーでありながら切なさを秘めた旋律が冴え渡り、昭和歌謡の金字塔として長く愛されることになる。二人の天才が松本隆の言葉を介して出会ったことで、アイドル歌謡はひとつの芸術的領域へと昇華したのだ。