渡米以降、柴田倫世が日本のテレビ画面からほぼ完全に姿を消したことに対しては、当時さまざまな憶測が飛び交った。しかし、その背景にあったのは極めて明確なプライベートの優先順位と、子どもたちの教育環境を守るという揺るぎない覚悟だった。現地での暮らしを知る関係者はこう明かす。「彼女は何よりも子どもたちに普通の生活と、世界基準の教育環境を与えることを最優先に考えていた。有名人の子どもという色眼鏡で見られないボストンの環境は、子育てにおいて譲れない条件だった」。
英語教育はもちろん、学業や情操教育において一切の妥協を許さず、母親としての役割に全エネルギーを注ぎ込んだ。夫の長期遠征中も一人で家庭を切り盛りし、メディア露出による家族への影響を最小限に抑えるため、あえて取材オファーのほとんどを辞退し続けた。彼女が選んだ「完全な沈黙」は、母として、そして家族の防波堤としての強い信念の表れだったと言える。