ドアを開けると迎えてくれるのは、渋い老紳士ではなく、柔らかな笑顔をたたえた若きマスターです。珈琲亭ルアンの歴史を紐解く上で見逃せないのが、世代交代をめぐる人間ドラマです。
1971年(昭和46年)にこの店を開いた先代の父が急逝された後、その重い暖簾を継承したのが息子の宮沢孝昌さんでした。幼い頃から店に立ち込める珈琲の香りと、常連客たちの笑い声に囲まれて育った宮沢さんは、先代が築き上げた美学を一切損なうことなく、現代にアップデートしながら守り抜く道を選びました。
「変えるべきものと、絶対に変えてはならないもの」の選別は、老舗の命運を左右します。内装のベルベットが擦り切れれば創業当時と同じ質感の特注生地で張り替え、照明の明るさやカウンター内のサイフォン器具の配置に至るまで徹底した管理を継続。その一方で、現代の衛生基準や禁煙化といった時代の要請には柔軟に対応しました。創業時からの常連である年配客が新聞を広げる隣で、SNSを見て憧れてやってきた若い世代がクリームソーダの写真を撮る。世代を超えた調和が保たれているのは、二代目マスターの真摯な人柄と細やかな目配りがあるからに他なりません。