浅草フランス座の名を不朽のものにした立役者といえば、世界の映画監督であり芸人であるビートたけし(北野武)氏です。1972年、大学を中退して浅草へ流れ着いた若き日のたけし氏は、フランス座のエレベーターボーイとして働き始めました。
そこで運命の出会いを果たしたのが、当時フランス座の座長を務めていた伝説の芸人・深見千三郎氏です。深見氏は、タップダンスから話術、立ち振る舞い、そして「芸人たるもの常に粋であれ」という美学に至るまで、たけし氏に徹底的に叩き込みました。師匠の無茶振りに応えながら幕間コントの舞台に立ち、腕を磨いた日々が、のちの「ツービート」結成、そして漫才ブームの頂点へとつながっていきます。
この時代の切なくも熱い青春模様は、たけし氏の自伝的楽曲・小説『浅草キッド』に鮮烈に描かれ、幾度もドラマ化や映画化、舞台化がなされています。劇中に登場する「仲見世の靴屋」「捕物帳の舞台」などの原風景は、すべてこのフランス座の楽屋と舞台袖で育まれたリアルな記憶そのものです。