時計の針を2012年6月に戻そう。AKB48選抜総選挙で4位に躍進し、まさにこれからという時期に放たれた週刊文春の砲撃。交際関係を示す写真と生々しい証言は、清純派を売りにするアイドルにとって致命傷になるはずだった。
事態が動いたのは、オールナイトニッポンでの緊急生放送だ。プロデューサーの秋元康氏と同席した指原は、涙ながらに事実関係を一部認め、謝罪した。その場で言い渡されたのが「HKT48への移籍」という名の左遷処分である。しかし、この迅速すぎる「公開処刑」と「即座の島流し」こそが、彼女のストーリーの第2章を開く最大のトリガーとなった。