ハッカ油の主成分である「l-メントール」は、多くの昆虫にとって強力な忌避物質として機能します。昆虫の触角や感覚器官にある受容体を過剰刺激し、麻痺や混乱を引き起こすことで接近を防ぐメカニズムです。しかし、自然界のすべての昆虫に等しく有効であると考えるのは極めて危険な誤解です。
登山者やキャンパーの間で特に注意喚起されているのが、ハッカ油は蜂に逆効果の理由です。スズメバチやアシナガバチなどの膜翅目(まくしもく)の昆虫は、仲間同士のコミュニケーションや外敵の察知にフェロモン(テルペノイド系化合物など)を高度に利用しています。ハッカ油に含まれる揮発性芳香成分は、ハチにとって「外敵の警戒フェロモン」や「巣への攻撃シグナル」と化学的に誤認される危険性が指摘されています。忌避するどころか防衛本能を刺激され、攻撃性を剥き出しにしてまとわりついてくる事態が山間部のフィールドワークでも報告されています。
また、ハッカ油が効かない虫の真相として知られるのが、シバンムシやカツオブシムシといった屋内の乾燥食品・繊維害虫です。これらはメントールの刺激に対する耐性が高く、ハッカ油の原液を直接浴びせるレベルでない限り、空間に希釈液を吹きかけた程度では平然と侵入・摂食を続けます。「ハッカの香りを漂わせておけば家中の虫が消える」という言説は、生化学的な観点から明確な誤りです。