長崎県諫早市から上京し、千代田区役所の土木課で働いていた青年・橋本広司。代わり映えのしない日常を送っていた彼を劇的に変えたのは、一本の舞台演劇だった。名優・仲代達矢が主演を務めた舞台『どん底』。客席で雷に打たれたような衝撃を受けた青年は、役者になることを固く決意する。
門を叩いたのは、仲代達矢が主宰する伝説の私塾「無名塾」。倍率200倍とも言われる超難関のオーディションに、演技経験ゼロの公務員が合格を果たした。芸名「役所広司」の命名者は仲代自身だ。「役所勤めだった経歴」と「役柄が広くなるように」という二つの願いを込めたこの名が、やがて世界中に響き渡ることになる。同期と競い合いながら、朝から晩まで発声と身体訓練に明け暮れた無名劇団員時代。その厳しい鍛錬が、揺るぎない骨太な表現力の土台を築き上げた。