1998年に発覚した、オーストラリアでの側近による巨額詐欺・横領事件。被害額は約35億円。当時の矢沢が背負わされた絶望の深さは、常人の想像を絶する。自身の会社スタッフに裏切られ、信じていた資産が一夜にして天文学的な負債へと化けたのだ。
酒に溺れ、怒りと屈辱に震える夜。男として、表現者として、すべてが崩れ去りそうになった瞬間、マリアが放った言葉は矢沢の胸を激しく撃ち抜いた。「私たちは健康だし、あなたには歌があるじゃない」。
取り乱しもせず、泣き崩れもしない。ただ現実を正面から見据え、男のプライドを根底から支え直した。矢沢自身が後に幾度となく回想しているように、この妻の肝の据わり方こそが、彼を「被害者」から「立ち上がるチャレンジャー」へと引き戻した最大の起爆剤だった。怒涛のツアー、映画出演、権利ビジネスの再編。わずか6年余りで完済という前代未聞の奇跡を成し遂げた男の横には、一切の弱音を許さない妻の眼差しがあった。