このアトラクションの成り立ちを紐解くには、江戸末期にまで遡らなければならない。植木職人・森田六三郎の手によって牡丹や菊細工を愛でる花園として誕生した浅草花やしきは、明治・大正の動乱期を経て見世物小屋や動物園へと姿を変えていった。戦後の荒廃期、園の再建に情熱を注いだ山田貞一の指揮のもと、近代的な遊戯施設への脱皮が図られる。
その象徴として1953年に導入されたのが、正式名称「ローラーコースター (浅草花やしき)」である。設計・製造を手掛けたのは、日本の遊戯機械史に燦然たる足跡を残すパイオニア、株式会社トーゴ(旧・東洋娯楽機)だ。限られた都市空間に安全かつダイナミックな軌道を組み上げるため、当時の技術者たちが手計算と現場のすり合わせで導き出した工法は、日本の遊園地エンジニアリングの金字塔として今も語り継がれている。