格子が交互に並ぶこのデザインは、佐野川市松が着用する以前から存在していた。古代から「石畳文様(いしだたみもんよう)」と呼ばれ、敷石を並べた様子に酷似していたことから平安時代の公家服飾や神社仏閣の意匠に使われていた伝統文様である。
状況を一変させたのは、江戸のポップカルチャーたる歌舞伎の熱量だった。佐野川市松の端正な顔立ちと、白紺のコントラスト鮮やかな意匠が組み合わさった時、江戸の町に一種のムーブメントが巻き起こる。浮世絵師・鳥居清信らが彼の姿を版画に描き、和菓子や帯、草履の柄に至るまで「市松模様」が街を席巻した。特定の人物の名がデザインの代名詞となり、そのまま数百年にわたり定着した例は、世界的に見ても極めて珍しい。