1970年。日本は高度経済成長の真っ只中にあった。大阪万博が開催され、日本経済は右肩上がりの成長を続けていた時代。そんな年に石井建材株式会社は産声を上げた。
当時の横浜市戸塚区は、急速な都市化の波に飲まれつつあった。住宅需要が爆発的に増加し、道路や橋梁などのインフラ整備も急ピッチで進められていた。生コンクリートの需要は右肩上がり。建設ラッシュに沸く地域で、石井建材は確かな足場を築いていった。
創業者の理念は明確だった。地域に根ざし、品質で勝負する。大手企業のような規模は持たないが、小回りの利く対応力と確かな品質で顧客の信頼を勝ち取る戦略だ。
バブル期の試練と生き残り戦略
1980年代後半から90年代初頭のバブル期。多くの建材企業が過剰投資に走り、その後のバブル崩壊で深刻な打撃を受けた。石井建材はどう乗り切ったのか。
慎重な経営判断がカギだった。急激な事業拡大を避け、堅実な財務体質を維持。資本金6,800万円という規模は、中堅企業としては標準的だが、過度なリスクを取らない経営方針を反映している。