松田聖子という生き方は、常に「自己プロデュース」の極致だった。彼女がデビューした1980年代、女性アイドルは作られた人形から、自立した表現者へと脱皮する過渡期にあった。聖子は、その先頭を走っていた。結婚、出産、そしてアメリカ進出。従来の「母親らしさ」という枠組みを軽々と飛び越える彼女の姿は、多くの女性に勇気を与えた一方で、保守的な家族観を持つ人々からは冷ややかな目で見られることも少なくなかった。
家庭と仕事の両立。言うは易く行うは難し。彼女がスポットライトを浴びる裏で、幼い娘がどのような環境に置かれていたのか。世間はそこに、早くから「歪み」を見出そうとしていた。