では、なぜあれほどの過激なナレーションスタイルが生まれたのか。そこには一人のクリエイターとしての深い葛藤と計算があった。
放送が始まった1984年当時、『北斗の拳』は荒涼とした世紀末の絶望と重苦しい死闘が続く作品だった。千葉本人は「毎週毎週、人が死に、血が流れる重いストーリーが続く。このまま暗いトーンで予告をやっていたら、観ている子供たちが嫌になってチャンネルを変えてしまうのではないか」という強い危機感を抱いていたという。そこで彼が打ち出した答えが、「画面の暗さを吹き飛ばすほどのハイテンション」だった。
制作スタッフもこの暴走とも思える試みを制止するどころか、「もっとやれ」と面白がった。ディレクターの面白がる空気と千葉のアドリブ魂が交差し、回を追うごとにナレーションの速度とテンションは天井知らずに上がっていったのだ。