「同じ皿の生牡蠣を同じ量食べたのに、友人は翌日寝込み、自分はケロリとしていた」という現象を経験した人は少なくありません。かつては単に「胃腸の強さ」や「気合の差」として片付けられていましたが、近年の分子生物学およびウイルス学的研究により、ヒトの遺伝子レベルの個人差が決定的な要因であることが解明されてきました。
生牡蠣で当たらない人の特徴として、現在医学界で最も注目されているのが「FUT2遺伝子」による分泌型(セクレター)と非分泌型(ノンセクレター)の違いです。ノロウイルスがヒトの腸管に感染するためには、小腸の粘膜上皮細胞にある「組織血液型抗原(HBGA)」という糖鎖レセプターに結合する必要があります。しかし、日本人の約20%に存在する「非分泌型」の人は、粘膜上にこの特定の糖鎖を持っていません。そのため、ウイルスが体内に入ってきても細胞表面に結合できず、小腸を素通りしてそのまま体外へ排出されるため、原理的にノロウイルス(特に感染例の大半を占めるGII.4株)に感染・発症しないのです。
また、ABO式血液型もウイルスの結合親和性に影響を及ぼすことが判明しています。国内外の疫学調査において、O型の人はノロウイルスの主要変異株と結合しやすく感染リスクがやや高い一方、B型の人は特定の株に対して抗原結合が弱く、比較的感染しにくい傾向が示されています。さらに、遺伝的要因以外にも以下の条件を満たす人は発症リスクが低くなります。
- 胃酸の分泌が強力である:ノロウイルスは酸に強い抵抗性を持ちますが、強酸性の胃環境は共存する雑菌を不活化させ、ウイルス全体の侵入負荷を軽減します。
- 腸内フローラの多様性が高い:乳酸菌やビフィズス菌などの有益な常在細菌が腸粘膜のバリア機能を強固に保ち、炎症の重篤化を防ぎます。
- 自律神経が安定し過労状態にない:免疫細胞の約7割が集中する腸管免疫(パイエル板など)が正常に機能している状態です。
ただし、「過去に一度もあたったことがないから自分は無敵の体質だ」と過信するのは極めて危険です。ノロウイルスには数多くの遺伝子型が存在し、ウイルスの変異株によっては非分泌型の人にも感染するタイプ(GII.17など)が定期的に流行します。体調不良や暴飲暴食で免疫バリアが低下していれば、誰であっても発症の標的となり得ます。