この問題の根深い点は、親側に一切の悪意がないケースが多いことです。母親や祖母からすれば「娘が無事に成長したことを喜びたい」「昔からのしきたり通りにきちんとお祝いしてあげたい」という純粋な親心から赤飯を用意します。
しかし、受け取る側の思春期の娘にとっては、自分の性的な成熟をあからさまに祝福されること自体に激しい拒絶感を覚えます。特に初潮の赤飯と父親の関係性は極めて繊細です。父親側も「どう反応していいか分からず気まずい空気になる」「おめでとうと言うべきか黙るべきか困惑した」と語るケースが多く、結果的に誰も得をしない食卓が完成してしまう構図がありました。
親の「おめでたい儀式」という認識と、子の「触れられたくない極私的な出来事」という認識の乖離が、長年にわたって多くの家庭で悲劇を生んできた要因です。