「生理的に無理」という言葉が指し示すのは、論理的な思考や道徳的判断を完全に飛び越えて、身体が無条件に拒絶を示す状態です。具体的には、相手の匂いに対して吐き気や悪寒を覚える、触れられた部分をすぐに拭い去りたくなる、同じグラスで飲み物を飲むことに強い抵抗がある、といった感覚器直結の反応として現れます。
この現象の根底には、人間が持つHLA遺伝子(主要組織適合遺伝子複合体)の働きが存在します。スイスのベルン大学をはじめとする進化生物学の研究グループが実証した「汗を吸ったTシャツの匂い選択実験」が示す通り、人間(特に女性)は自分と異なる免疫型を持つ異性の体臭を「心地よい」と感じ、自分と似通った遺伝子を持つ異性の匂いを「不快・受け付けない」と感知するようにプログラムされています。
これは、免疫型の異なるパートナーと交配することで、より多様な病原体に耐性を持つ強い子孫を残そうとする生命の知恵に他なりません。つまり、相手の体臭やフェロモンに対して本能的な拒絶反応が走る場合、それは遺伝子レベルで「遺伝的多様性が低く、生物学的な相性が合致しない」という警報が鳴り響いていることを意味します。
脳科学の観点からも、このプロセスは極めて強固です。危険や恐怖、不快感を直感的に察知する脳の「扁桃体」や、身体的嫌悪感を処理する「島皮質(とうひしつ)」が瞬時に活性化するため、理性的な思考を司る大脳皮質が「相手は親切な人だから仲良くしよう」といくら言い聞かせても、身体の拒絶反応を抑え込むことはできません。