意外にも、彼の競技人生の出発点はバスケットボールではない。中学、高校時代に打ち込んでいたのは柔道だった。二段の段位を持つ柔道家としての身体能力と足さばきが、後にコート上での粘り強いディフェンスの根幹を形作る。大阪商業大学で本格的に競技を始めると、その才能は一気に開花。大学球界を席巻したのち、名門・住友金属スパークスへと進んだ。
実業団での活躍は圧巻の一言だった。リーグ戦でのブロック王やリバウンド王の獲得は言わずもがな、彼の存在そのものが相手チームの戦略を根底から狂わせた。ペイントエリアに立つ230cmの壁。相手ガード陣はドライブをためらい、アウトサイドシュートに頼らざるを得ない。まさに日本リーグの概念を揺るがす圧倒的な統治力だった。