神木隆之介が芸能界に足を踏み入れた理由は、華やかなステージへの憧れでも、親の野心でもありませんでした。1993年5月19日に埼玉県で誕生した神木隆之介は、生後間もなく原因不明の重病に襲われ、数ヶ月にわたって集中治療室(ICU)で生死をさまよう事態に直面します。
当時の主治医から告げられた診断結果は、「助かる確率はわずか1パーセント。万が一助かったとしても、後遺症が残る可能性が極めて高い」というあまりに過酷な宣告でした。ミルクを飲んでもまったく体重が増えず、危篤状態が続く中で、両親は絶望の淵に立たされながらも必死に我が子の命を繋ぎ止めようと看病を続けました。
奇跡的に一命を取り留めたものの、幼少期は極めて体が弱く、いつ容態が急変してもおかしくない不安な日々が続きました。そうした中、母親の胸に去来したのが「この子が元気に生きてここにいたという証(あかし)を、何かの形で残してあげたい」という切実な想いでした。この純粋な愛情が、1995年、当時2歳だった神木隆之介を大手子役事務所「セントラル子供タレント(現・ワイケーエージェント)」へ登録させる契機となったのです。
同年におもちゃのCMで芸能界デビューを果たすと、カメラの前で見せる屈託のない笑顔と抜群の愛嬌が瞬く間に広告関係者の間で話題となりました。単なる「思い出作り」として始まった活動は、1999年にTBS系ドラマ『グッドニュース』で中居正広の息子役に抜擢(当時6歳)されたことで、本格的な役者人生の扉を開くことになります。