深川の地で不動信仰がこれほど根付いた背景には、歌舞伎の大名門・市川團十郎家との深縁を外して語ることはできない。元禄時代、子宝に恵まれなかった初代團十郎が成田山新勝寺に深く祈願し、見事二代目團十郎を授かったという故事はあまりにも有名だ。これに深く感謝した團十郎は、不動明王をモチーフにした歌舞伎演目を次々と上演し、「成田屋!」の屋号とともに大流行を巻き起こした。
当時の江戸庶民にとって、千葉の成田まで旅をするのは容易ではなかった。そこで「江戸の街でもお不動様をお参りしたい」という熱狂的な声に応える形で、深川での出張開帳が実現した。現代においても市川團十郎一門による参拝が脈々と続けられており、日本の伝統芸能と庶民の信仰が織りなす深い絆は、今も大切に受け継がれている。