1977年、弱冠22歳で海原千里・万里として絶頂期にあった彼女は、8歳上のディレクターだった上沼真平氏と電撃結婚を果たした。当時、真平氏は関西テレビ放送の将来を期待される名物ディレクター。固い信頼関係から始まった職場結婚であったと同時に、爆発的な人気を誇る若手漫才師の電撃引退劇として、当時の放送業界と芸能界を激震させた。
フジニュースネットワーク系列の基幹局でキャリアを積み、後に役員待遇にまで昇進した真平氏。専業主婦として一度は表舞台を離れた彼女だったが、夫側の親族との確執や、厳格な夫からの行動制約に直面する。「人気タレントの上沼恵美子」を封印し、「上沼家の妻」に専念することを求められた日々は、二人の間に深くて静かな亀裂を生み出していく要因となった。