上小阿仁村の名が一躍全国ニュースとなった発端は、2007年から2012年にかけて村唯一の医療拠点である「上小阿仁村国保診療所」で起きた医師の連続辞任でした。数か月から1年半足らずの短期間で複数名の常勤医が次々と職を辞した事態は、全国メディアでも大きく報道されました。
当時の報道では「嫌がらせビラが撒かれた」「休日診療を強要された」「除雪をしてもらえなかった」といった住民による医師へのハラスメントとされるエピソードが取り沙汰され、世論の批判が村に殺到しました。しかし、関係者への取材や検証記録を辿ると、本質的な上小阿仁村の医療問題の経緯はより深刻な地域構造に起因していたことが分かります。
当時の診療所は、医師1名が村内約2,500人(当時)の健康管理から夜間・休日の救急対応までを365日背負う「1人医師体制」でした。代診医がいない過酷な当直環境、へき地医療特有の孤独感、そして「医師を逃せば村の医療が崩壊する」という村民側の過度な不安と過剰な期待が重なり、双方のコミュニケーション不全を決定的なものにしていたのが実態です。