近年ネット上などで、「『了解は失礼』というルールはマナー講師が勝手に作った嘘マナーではないか?」という議論、いわゆる「了解道徳」への疑問が取り沙汰されることがあります。
実際、国語辞書や歴史的な言語使用例を辿ると、昭和期や明治期の文学作品・軍隊用語などにおいて、目上の人物に対して「了解」が用いられていた記録は存在します。本来の日本語として、絶対に使ってはいけないタブー語だったわけではありません。
しかし、2000年代以降のビジネスマナー教育や企業の社内ルールにおいて「了解=失礼、承知=適切」という認識が広く浸透・標準化されたことは動かしがたい事実です。言葉は時代とともに変化し、ビジネスマナーは「相手がどう感じるか」という社会的な共通認識(デファクトスタンダード)によって形作られます。
学術的な語源の正否を上司と議論しても実利はありません。「了解は上から目線に感じる」という受け止め方が定着している現代においては、余計な摩擦を生まないために「承知しました」を使うのが、ビジネスパーソンとして最も合理的でスマートな立ち回りと言えます。