数多の知識人が挑んできた「日本人とは何か」という巨大な命題。山折の日本文化論が類書と一線を画すのは、神仏習合という独自のハイブリッド構造を、日本人の身体性と美意識の根底に見出した点にある。
仏教の伝来以降、日本人は外来の高度な教理を吸収しながらも、土着のアニミズム的な自然崇拝を決して捨て去らなかった。山折はこの二重構造を、歌と祈り、あるいは能や狂言、芭蕉の俳諧といった芸能や文学の中に鮮やかに抽出してみせる。清浄を好む神道的な直感と、無常を見つめる仏教的な諦観。この二つが拮抗し、融け合う場所にこそ、日本人の独特な美意識が宿っている。
教条主義的なイデオロギーに陥ることなく、矛盾を矛盾のまま抱え込む日本的思考のしなやかさ。それはグローバルな画一化が進む現代世界において、硬直した対立を乗り越えるための貴重なオルタナティブを提示している。