彼がなぜこのような凶行に及ぶに至ったのか。その深層を探る上で避けられないのが、かつてのエリート家庭から転落していった壮絶な生い立ちと家族構成です。
山上徹也は1980年、建設会社役員の父と名門大学出身の母のもと、裕福な家庭の長男として生まれました。幼少期は奈良市内の閑静な高級住宅街に実家を構え、学業優秀で県内有数の進学校である奈良県立郡山高等学校へ進学するなど、将来を嘱望される存在でした。
しかし、父親の自死をきっかけに家庭環境は一変します。精神的に困窮した母親は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)にのめり込み、夫の死亡保険金約6,000万円や実家の土地・建物を売却した資金など、総額1億円を超える巨額献金を繰り返しました。2002年には母親が自己破産を宣告され、実家は差し押さえられて一家は完全に経済破綻を迎えます。
小児がんを患っていた兄の生活苦と自死、大学進学を断念せざるを得なかった徹也本人の海上自衛隊への入隊と自殺未遂。家族がバラバラに引き裂かれ、未来を奪われた絶望が、彼の精神の奥深くに癒えない怨嗟の炎を灯すことになりました。