山口組の歴史を語る上で欠かせないのが、全国規模の巨大組織へと押し上げた三代目組長・田岡一雄の存在だ。卓越した事業感覚と苛烈な決断力を武器に、神戸の一地方組織にすぎなかった山口組を日本最大のアウトロー組織へと脱皮させた。その後、四代目・竹中正久の襲名を巡る激しい泥沼の山一抗争を経て、五代目・渡辺芳則の時代には圧倒的な資金力と日本全国を覆うネットワークが完成する。
そして2000年代半ば、組織の主導権を引き継いだのが六代目山口組の司忍(本名・篠田建市)組長である。司忍組長は強烈なリーダーシップのもとで直参組長の統制を急速に強化し、武闘派として知られる愛知の弘道会を中核とした強固な集中支配体制を打ち立てた。歴代組長たちが残した遺産と内部の不協和音は、今日の組織の形を決定づけた最も深い根源となっている。