名曲の誕生は、一枚の地図帳をめくる指先から始まった。当時、独自の言語感覚と先鋭的なビジュアルでポップシーンを席巻していた森高千里は、次の楽曲の舞台となる美しい響きの言葉を探し求めていた。パラパラと広げられた地図の中で偶然目に留まったのが、足利市を流れる「渡良瀬川」とそこに架かる橋の文字だったという。机上の想像だけで終わらせず、彼女は実際に現地へ足を運んだ。自らの目で街を歩き、肌で風を感じ、夕日の沈む方角を確かめた経験が、あの飾り気のない、それでいて切実な歌詞へと結実していく。
楽曲の骨格を支えたのは、盟友である作曲・編曲家の斉藤英夫だ。哀愁を帯びたアコースティックギターのアルペジオ、どこか素朴で温かいリコーダーの旋律。森高自身が演奏したドラムとリコーダーの響きは、洗練された都会的なサウンドが主流だった当時のJ-POPシーンにおいて異彩を放った。ワーナーミュージック・ジャパンからリリースされ、同年のアルバム『LUCKY 7』にも収録されたこの曲は、派手なデジタルビートとは対極にある、人間の体温が宿る音楽として確固たる地位を築くこととなった。