苛烈な世論の逆風と医師不足の板挟みの中で、村の舵取りを担った行政トップたちの苦闘も忘れてはならない。当時、村長を務めた松岡賢市氏や、その後の行政を支えた小林悦民氏ら歴代の村指導層は、医療機能の維持と村の尊厳を守るという困難な二者択一の課題に直面していた。自治体予算が限られる中、単体で医師の待遇を劇的に改善することには制度上の限界が存在したからだ。
両氏をはじめとする村の執行部は、過熱する報道に対して謝罪と弁明を繰り返しながらも、村外部の医療機関や県知事への粘り強い働きかけを続けた。単に手厚い報酬を提示するだけでは医師の定着に繋がらないという教訓を得た行政は、医師個人にかかる肉体的・精神的プレッシャーを組織全体で分散する仕組みづくりへと舵を切るきっかけを作ったのである。