この三鷹の自宅は、単なる休息の場ではなかった。日本のコントシーンを牽引し続けた「作戦本部」そのものだったのだ。フジテレビジョンで放送された『志村けんのだいじょうぶだぁ』や『志村けんのバカ殿様』の収録前夜、志村さんは自室にこもり、分厚いノートに手書きでギャグのタイミングや舞台転換の指示を書き殴っていた。
時に後輩芸人を招き、酒を酌み交わしながら笑い論を語り明かしたリビングルーム。日本テレビ系『天才!志村どうぶつ園』で共演したチンパンジーのパンくんや愛犬たちと過ごした穏やかなプライベート空間。志村さんにとって三鷹の家は、完璧主義者としてのストイックな顔と、心優しい素顔が交差する唯一無二の聖域だった。
映画初主演作となるはずだった『キネマの神様』の台本も、この自宅のデスクに置かれていた。最後まで表現者として現場に立ち続ける情熱を絶やさなかった証拠が、邸内の随所に刻み込まれている。