日本女優界の頂点に君臨し続けた三田佳子にとって、母としての戦いは女優業以上の試練であった。1980年代から90年代にかけて高額納税者番付の常連であり、数々の主演作で国民的スターとして支持された彼女は、多忙を極める中で二人の息子の育児に向き合ってきた。しかし、多忙ゆえの不在や富裕層ゆえの環境が、結果として息子の孤立を生んだのではないかという世間の心ない偏見にも晒され続けた。
謝罪記者会見で見せた涙と、母としての言葉。それは世間からの批判を受け止めながらも、我が子を見捨てることができない一人の母親のリアルな葛藤そのものであった。国民的女優という看板の重圧と、一人の親としての苦悩の間で揺れ動いた歳月は、彼女の役者人生にも深い影と同時にどこか達観した厚みをもたらすこととなった。