かつて三社祭の代名詞のようにメディアで消費されていた「上半身裸の刺青集団」と「神輿の上に立ち上がる男たち」。あの異様な光景が終焉を迎えた背景には、地域社会が祭りそのものの存続を賭けて下した痛恨の決断がありました。その最大の引き金となったのが、2007年に起きた本社神輿の「宮出し」における大混乱です。
当時、浅草神社奉賛会や警視庁浅草警察署は、事故防止と威嚇行為の根絶を目指して「神輿乗り」の禁止を通達していました。しかし、一部の暴力団関係者や心ない担ぎ手たちは警告を無視して神輿の上によじ登り、制止しようとする警察官や警備員を威圧。怒号と暴力が飛び交う無法地帯と化した現場の映像はテレビのニュースで繰り返し放映され、世論から凄まじい批判を浴びることになりました。
これを受け、浅草神社と奉賛会は翌2008年、祭りの最大の見どころである本社神輿の「宮出し」を中止するという、祭礼史に残る苦渋の決断を下します。「神輿を担ぐ資格のない者たちが神事を利用し、伝統を汚している」。関係者たちが抱いた強い危機感は、警察当局との結束を強固にし、徹底した三社祭における暴力団排除へと舵を切る決定打となりました。
さらに決定的な包囲網となったのが、2011年10月に施行された東京都暴力団排除条例です。この条例により、祭礼の場における「暴力団の威力の誇示」や「利益供与」が厳密に違法行為として定義されました。神輿に乗る行為や刺青を公然と見せつけて周囲を威圧する行為は、単なるマナー違反ではなく、警察が即座に介入・検挙できる法的根拠を持つことになったのです。浅草神社奉賛会が策定した「暴力団対策ガイドライン」と警察の強硬な取り締まりが噛み合い、長年にわたり祭りに寄生していた反社会的勢力は急速に居場所を失っていきました。