現代のポップカルチャーにおいて、弥太郎のイメージを決定づけたのは大河ドラマ『龍馬伝』だろう。薄汚れた着物に身を包み、泥水を啜りながら龍馬への嫉妬と憧れを叫ぶ香川照之氏の怪演は、視聴者に強烈な爪痕を残した。現在でもNHKオンデマンドで同作を振り返る歴史ファンは多く、またNetflixをはじめとする各種配信プラットフォームで幕末維新のコンテンツが世界的に再評価される契機ともなった。
しかし、ドラマが描いた「情念の人」という肖像は、多分に演出されたフィクションである。経済史・歴史伝記の専門家たちが検証する実際の弥太郎は、情に流されることなど皆無に等しい超合理主義者だった。社員への厳格な規律、徹底した複式簿記の導入、そして現場への権限委譲と迅速な意思決定。映像作品が好んで描く泥臭さの裏で、弥太郎は当時の日本で最も洗練された近代マネジメントを冷徹に構築していたのだ。