激動を極めた三國の人生に最後の安息をもたらしたのが、1990年代半ばに婚姻関係を結んだ4人目の妻・友子さんでした。19歳年下の彼女は、怪優と呼ばれ近寄りがたいオーラを放っていた三國を、ひとりの生身の人間として包み込みました。
友子さんが後に明かしたところによると、家での三國はスクリーン上の威圧感とは対極にある、静かで読書を愛する繊細な人物だったといいます。静岡県伊豆の静謐な環境に居を構え、家庭菜園の野菜を慈しみ、過去の過ちや孤独を静かに反芻する日々。友子さんの献身的な支えがあったからこそ、晩年の三國は穏やかな境地に達することができました。
「散骨して、誰の記憶にも残らなくていい」と言い遺した三國の最期を看取った友子さんの存在は、孤高の表現者が最後に辿り着いた救いであったことは間違いありません。