日本代表の背番号10は、日本サッカーの戦術的進化と完全にリンクしています。固定背番号制が定着した1990年代後半以降、日本の10番は時代の最先端を行くフットボールスタイルをピッチ上で体現してきました。
1998年フランスW杯で10番を背負った名波浩は、左足一本でゲームのリズムを支配する「黄金のレフティ」として、フィリップ・トルシエ体制下の2000年アジアカップ優勝など中盤の絶対的コンダクターとして名を馳せました。
その後を引き継いだ中村俊輔は、世界最高峰のプレースキックと卓越したビジョンで日本中を熱狂させました。ジーコジャパン、岡田ジャパンを通じて日本の看板選手であり続けた中村の時代は、背番号10が「国民的シンボル」として神格化された象徴的なフェーズです。
2010年代に入ると、アルベルト・ザッケローニ体制下で香川真司が10番を継承。ボルシア・ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドで躍動した香川は、旧来の司令塔像を塗り替え、ハーフスペースでの俊敏なターンとゴール前への飛び出しを武器とする「モダンなアタッカー型10番」の潮流を決定づけました。