『陽炎』を語るうえで避けて通れないのが、その過酷極まりない制作ドキュメントです。2018年公開の映画『曇天に笑う』(本広克行監督)の主題歌およびオープニング曲として制作が始まった本作ですが、山口一郎の妥協なき作家性が、制作スケジュールを極限まで押し広げる事態となりました。
当時のインタビューやドキュメンタリー映像でも明かされている通り、映画の公開タイミングには完全な完成が間に合わず、劇中にはプロトタイプ(未完成版のトラック)が使用されるという前代未聞の展開を迎えます。妥協して納期に間に合わせることを頑なに拒み、メロディの1音、歌詞の1文字まで研ぎ澄ます山口一郎のストイシズムが生々しく表れたエピソードです。
最終的に本作は、前作から約6年の歳月を経て2019年にリリースされた傑作6thアルバム『834.194』のDisc-1(浅瀬)に堂々収録。長きにわたる産みの苦しみを経て、未完成の陽炎は完全なマスターピースとして世に放たれました。