サハリンに生きた樺太アイヌの真実|強制移住の歴史と現在の姿

サハリンに生きた樺太アイヌの真実|強制移住の歴史と現在の姿

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樺太アイヌの歴史において最大の転換点となったのが、1875年(明治8年)に締結された「樺太・千島交換条約」です。この条約によって樺太全島がロシア領、千島列島が日本領と定められ、国境の確定に伴い現地住民は国籍と居住地の二者択一を迫られました。

日本政府(開拓使)は漁業労働力の確保やロシアへの対抗策として樺太アイヌの北海道移住を強く誘導し、1876年には841名が集団移住を決断させられます。当初は宗谷地方に上陸したものの、開拓使の方針により石狩川流域の「対雁(ついしかり・現在の江別市)」へと再移住させられました。

慣れ親しんだ海洋猟猟や冷涼な気候から切り離され、不慣れな農業への転換を強いられた暮らしは困難を極めました。さらに1886年から翌年にかけてコレラや天然痘などの感染症が猛威を振るい、数百人もの命が瞬く間に奪われる惨劇に見舞われます。1905年の日露戦争後に南樺太が日本領へ復帰した際、生き残った人々の多くは再び故郷の樺太へ帰還を果たしましたが、この強制移住体験は共同体の記憶に深い爪痕を残しました。

山崎 陸
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山崎 陸

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